廿軒家神明社歳事記(2019年8月17日作成案) 令和二年4月改定版
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 詳しいことは廿軒家神明社ホームページhttp://www.shinmeisha.jp/を参照

廿軒家神明社は元和3年以降の元和年間(1617~1624年)(根拠1)に、犬山城主であった成瀬
隼人正成の命により今の廿軒家(注1)の地に派遣された同心10名が産土神として創建したと
伝えられています。(根拠2)
その後、
 ①本殿・拝殿・渡殿・社務所の新築・改築などが何度も行われれてきました。
 ②各種の記念事業として石製の鳥居・社標・狛犬・灯篭・百度石・玉垣・由緒碑が奉納されてきました。
 ③秋葉神社・日吉神社・龍神社が摂社として加えられてきました。
 ④境内の古墳ではないかと見られている所から鉄斧、鉄鏃、鉄鉾が出土したこともありました。(根拠3)
 ⑤明治末期に村内各神社は皆合祀すべしとの勅令が発せられました。(根拠4)
  その時、廿軒家神明社は役員の努力で現位置に存続することがに許されました(根拠5)が、
  東側の小幡にあった廿軒家神明社より境内面積が4倍ほども広い常燈神明社は廃社と
  なり(根拠6)、そこに祀られていた神様は、一時小幡白山社に合祀されました後、昭和18年
  に廿軒家神明社に合祀されました。(根拠7)
  (日本全国に神明社は多数ありますが、いずれも主祭神は、伊勢神宮に祀られている
   天照皇大神から分祀された神様です。(根拠8) しかし、廿軒家神明社のように、分祀された
   同じ神様が又合祀されて祀られている神明社は数少ないと思われます。)
 ⑥2筆の土地の寄付を受け(根拠9)境内が拡張され、又、境外にも8筆の土地の寄付を受けました。(根拠10)
 ⑦戦後は戦没者慰霊祭が毎年行られるようになり、昭和50年に慰霊碑も建立されました。
 ⑧平成29年からは毎年桜祭りも開催されるようになりました。

P3に旧歳時記に記載されていた廿軒家神明社の生い立ちをそのまま掲載しますが、
最近新たなことも分かってきましたので、以上の拙文を追記しました。
廿軒家神明社は歴代の氏子総代の真摯な努力と氏子・崇敬者の皆様のご理解とご協力
によって質実とも充実して参りましたが、今後も地元の氏神様として、近隣にお住いの
皆様に親しまれてゆくことを祈念致します。(注2)

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